制度の狭間に置かれた大人の境界域支援における構造的病理と「身体・発達アプローチ」の臨床的必然性

中途半端な偽善を超えた全人的受容(愛)と「見捨てない社会」の実践について

1. 大人の精神・境界域支援における構造的破綻とこの投稿の目的

 知的障がいの境界域(ボーダーライン)や発達障がいの特性を抱えながら、愛着の傷や境界性パーソナリティ障がい傾向を伴う「大人の境界域層」への地域支援は、現代の精神保健福祉において深刻な機能不全に陥っている。療育手帳の取得や開示に強い抵抗と葛藤を抱え、一般就労の現場で必死に社会的役割を保とうとしながらも、感情統制の困難や人間関係の摩擦から孤立を深める当事者は後を絶たない。

 実際の支援現場や多機関によるケース会議の記録を詳細に分析すると、現行の公的支援システムが抱える致命的な欠陥が浮き彫りになる。公費で運営される公的機関や専門相談窓口は、当事者がパニックや試し行動を起こすと、自らの保身や管理都合を優先し、「ルールの遵守」「契約の解除」を盾に支援から逃走・排除を繰り返している。その結果、行き場を完全に失った当事者が、公費支援も受けず手弁当で支える民間ボランティアのもとへと流れ込み、善意の自己犠牲に依存する構造的暴力が常態化している。

 今回は、個人や特定地域を特定し得る情報を一部匿名化した上で、本日参加した丹波市の支援者会議にて、公的支援がなぜ困難事例から逃げてしまうのかという制度的・心理的病理を解明する。さらに、精神保健福祉や大人の相談支援現場にいまだ根強く残る「言葉と書類」に偏重した支援の限界を告発し、子ども療育にとどまらない「身体性(感覚統合、姿勢・呼吸、運動)からの土台支援」の普及と、中途半端な偽善を排した全人的受容、すなわち【愛】に基づく支援体制の確立に向けた具体的な実践論を提示する。

2. 公的機関が「逃げて支援できない」構造的病理と排除の手続き論

 公的機関や公費支援の現場が境界域の当事者に対して支援を放棄し、排除へと至るプロセスには、明確な構造的病理が存在する。

【公的支援における逃走と排除の連鎖】
当事者の見捨てられ不安・試し行動(感情爆発・確認行動)
  ↓
公的機関の管理主義的対応(口頭注意・正論の押し付け・反省の要求)
  ↓
当事者の被害感情の激化(「邪魔者にされた」「仲間外れにされた」)
  ↓
公的機関による逃走準備(アンケート等の前倒し実施による苦情・証拠収集)
  ↓
「利用停止・対応終了・管轄外」を口実にした一方的切り捨て(制度的梯子外し)
  ↓
行き場を失った当事者が、受け止めてくれる民間ボランティアへ雪崩れ込む
 ↓
公的機関への電話攻撃(理解できない排除に対する正当な反撃)

支援の名を借りた「排除のための証拠集め」

 公的施設等において、他利用者との摩擦やトラブルが生じた際、本来求められるのは当事者の認知的特性や感情破綻の背景に対する専門的アセスメントである。しかし記録が暴き出しているのは、定期的に行うべき利用者アンケートを前倒しで強行し、他利用者からの苦情や被害感情を意図的に収集して「利用停止を正当化するための客観的証拠」として積み上げる冷酷な保身の手続きであった。

 警告文書の交付後、当事者が目立った迷惑行為を自制している状況下であっても、支援側は「再開すればまた問題が起きる」「他の利用者が離れてしまう」といった予断を盾に、利用停止の決定を推し進める。そこには「どうすれば当事者を包括し支えられるか」という支援の意志はなく、「いかに反発や訴訟を抑えて厄介払いできるか」という手続き論のみが優先されていた。

ルールと契約を盾にした「制度的梯子外し」

 地域の就労支援機関や行政の相談窓口は、当事者の感情的な暴言や頻回の電話連絡に対して、「暴言があった」「業務に支障をきたす」として次々と相談対応の終了を宣告する。当事者が示す攻撃性や執着は、根深い見捨てられ不安から来る「自分は見捨てられないか」という必死の試し行動であるにもかかわらず、公的機関はそれを「ルール違反」として機械的に遮断する。

 特に、日常的に密接に関わり依存を形成していた公的担当者が退職や異動で離脱する局面において、適切な引き継ぎを行わずに梯子を外すことで、当事者は深刻なパニックと危機的行動に追い込まれる。深く関わっておきながら、手に負えなくなると「制度の枠外」「管轄外」として逃げ出す公的機関の無責任な姿勢こそが、事態を決定的に悪化させている。

多機関連携の形骸化と責任の押し付け合い

 ハローワーク、就労支援センター、自治体窓口、相談事業所などが、それぞれ独自の都合から「仕事を続けるべき」「退職して休養すべき」「別の支援を受けるべき」と無責任かつ矛盾した助言を乱立させる。多機関連携を標榜しながら、実際には困難なケースの主たる責任を引き受ける機関が存在せず、お互いに責任をなすりつけ合っているのが現状である。

3. 「面談(言葉)と書類」偏重の限界と「身体・発達アプローチ」の普及

 現在、日本の精神保健福祉や大人の相談支援の現場では、いまだに「面談(言葉)と書類」による支援が主流を占めている。相談室で机を挟み、言葉で状況を聞き取り、書類を作成し、口頭で正論やルールを指導するという従来型のアプローチは、大人の境界域支援において決定的な限界を迎えている。

なぜ言葉による説得は暴発を招くのか

 境界域や愛着障害、発達のアンバランスを抱える当事者は、日常的に交感神経が過覚醒状態(闘争・逃避モード)にあり、感覚過敏や身体のアンバランスを抱えている。身体が極度の緊張と恐怖に支配されている状態の当事者に対し、相談室の閉鎖空間で「ルールを守りなさい」「客観的に自分の行動を振り返りなさい」と正論をぶつけることは、当事者の脳にとって「責め立てられている」「攻撃されている」という脅威シグナルに他ならない。

言葉で論破しようとすればするほど、当事者は防衛的になり、被害感(「邪魔者扱いされた」「差別された」)を強め、激しい暴言やパニックを引き起こす。言葉による認知の修正は、神経系と身体が整っていなければ機能しないのである。

身体性(感覚統合、姿勢・呼吸、運動)からのアプローチの臨床的必然性

 こうした限界を打ち破る鍵が、子ども療育の現場で培われてきた「身体性からのアプローチ」である。感覚統合、姿勢・重心の安定、呼吸、運動(トランポリン、バランス調整など)を通じた身体介入は、大人の境界域支援において最も効果的な一次予防であり、情緒安定策となる。

アプローチの次元従来の公的相談支援(言葉と書類)身体・発達アプローチ(身体の土台支援)
介入対象大脳新皮質・論理・言語脳幹・自律神経系・感覚受容器
支援の手法机を挟んだ面談、反省の要求、ルールの口頭指導トランポリン、バランス遊び、運動、姿勢・身体調整
生じる神経反応脅威・叱責と知覚され、交感神経が暴走(興奮・防衛)前庭覚・固有受容覚が満たされ、副交感神経が安定(弛緩・安心)
当事者の情動被害感・見捨てられ不安の増大、攻撃的試し行動情動の過敏さが鎮静化、「やってみよう」という意欲へ
臨床的成果関係破綻、利用停止、対応終了暴言の消失、約束の遵守、自己統制力の獲得

「心のバランスは身体のバランスから」という原則の通り、身体の重心が崩れ、筋緊張が解けない状態では、どれほど高度な心理療法や生活支援も成立しない。身体を動かし、感覚受容器に適切な刺激を入れ、身体の緊張を緩めることで初めて、過敏な神経系が沈静化し、他者の言葉を受け入れる余白が生まれる。

この身体的アプローチは、決して子どもの療育だけに留めておくべきものではない。成人期の精神保健福祉、地域自立支援、就労支援の現場においても、標準的な支援手法として制度的に位置づけ、普及させることが不可欠である。

 しかし30年以上療育の世界にいた精神保健福祉士は、制限すること、改善することのみを主とし、本人のストーリー(過去から今の物語)を背景に今本人にとって何が必要か?の感覚が時代背景的においついていないところもたくさんあった。

4. 中途半端な偽善を超えた「人間的受容(愛)」という支援の本質

 大人の精神障害や境界域を抱える人々を支援する上で、最も当事者を絶望させるのは、支援者側の「中途半端な偽善」である。

「中途半端な偽善者」がもたらす害悪

 精神の深い傷や愛着の飢餓感を抱える当事者は、他者の欺瞞、計算、拒絶の気配に対して極めて敏感である。「仕事だから」「組織の体面があるから」「波風を立てたくないから」と、表面上は親切な笑顔を浮かべながら、内面では厄介者扱いし、ひとたび問題行動が起きるとルールやマニュアルを盾に冷酷に切り捨てる支援者を、当事者は本能的に見抜く。

 これは本当に本能的に感じる部分であり、取り繕った形で隠すことはできない。

その中途半端な関わりこそが、当事者の見捨てられ不安を決定的に刺激し、「裏切られた」「騙された」という激しい怒りとストーカー的執着、過激な試し行動を誘発する。形式だけの支援者は、本人の心を受け止めるどころか、傷口をさらに広げて逃げ去る結果となる。

【愛】で受け止めるとは何か

 精神に困難を抱える方を真に支え切るためには、中途半端な姿勢を捨て、一人の人間としての尊厳と痛みをまるごと引き受ける【愛】に基づいた受容の覚悟が必要である。

ここでいう【愛】とは、無原則な甘やかしや、互いを滅ぼす共依存ではない。それは以下の三つの柱からなる、確固たる臨床的受容である。

  1. 存在の無条件の肯定 どれほど激しい問題行動や暴言があろうとも、「あなたの命や存在そのものは決して否定しない」「人間としてあなたを尊重している」という揺るぎないメッセージを伝え続けること。
  2. 強みと誇りの承認 できないことや障害特性をあげつらって反省を迫るのではなく、本人が誇りを持っている技能(保育の経験、ピアノの演奏、他者への気遣いなど)に目を向け、「あなたが必要とされている」という社会的役割と貢献の場を用意すること。
  3. 明確で崩れない境界線(枠組み)の維持 本人の際限のない要求や感情の波に巻き込まれず、「利用時間」「相談回数」といった枠組みを毅然と保ち続けること。支援者が逃げ出さず、かつ侵食されない安全な境界線を守るからこそ、当事者はその枠の中で真の安心感を得ることができる。

5. ボランティアへの搾取構造の是正と「見捨てない社会」の実現

 現在、地域支援の現場で起きている最も不条理な現実は、「公的機関がルールを盾に逃げ出して排除した困難事例を、公費も出ない民間ボランティアが身銭と勤務外時間を削って支え続けている」という構図である。

1時間半1,000円~2,000円の支援に依存する社会の歪み

 民間ボランティア(これは私たちのこと・・・)は、日中の激務を終えた後の夜間、部屋代や電気代程度の実費(1時間半で1,000円程度)のみで、行き場を失った大人の境界域当事者を受け止めている。公的機関で大荒れしていた当事者が、1年間にわたり一度も暴言を吐かず、指定された枠を守って前向きに通い続けられているのは、この献身的な「身体の土台支援」と「愛ある受容」が存在するからである。

 それにもかかわらず、公的機関は自らの支援放棄を反省することなく、ケース会議の場においてボランティアに対し「支援方針の統一」を求めたり、利用停止後の都合のいい受け皿として体裁を取り繕おうとする。公費を投入された機関が困難事例から逃げ、公費も出ない善意のボランティアに丸投げして立ち去る行為は、制度の怠慢であり、地域福祉の自殺行為である。

「見捨てない社会」を構築するための制度提言

 誰一人として制度の狭間に見捨てず、かつ支援者が疲弊して共倒れにならない社会を築くため、以下の制度改革を強く提言する。

  1. 大人の精神・地域支援における「身体性アプローチ」の標準化と公的研修の創設      面談と書類に依存した精神保健福祉の支援モデルを刷新し、感覚統合や身体調整を大人の相談支援・就労支援・地域生活支援の必須プログラムとして位置づけること。支援者が身体へのアプローチを学べる公的研修体系を確立することが必要。
  2. 公的機関の「逃げ・安易な対応遮断」を禁止する伴走責務の法制化               公的機関が「迷惑行為」「管轄外」を理由に安易に利用停止や相談終了を行うことを禁止し、次の専門的受け皿や医療、生活基盤が整うまで責任を持って伴走し続ける公的責務を義務化していく必要があります
  3. 制度の狭間を支える民間居場所・土台支援への公費助成の制度化               手帳の有無や年齢枠にとらわれず、困難を抱える大人を受け止めている民間の居場所やボランティア団体に対し、正当な委託料や活動助成金を支給する公的枠組みを早急に創設する必要があります。これは全国的な課題でもあり、善意の搾取を直ちに停止し、社会全体で支える基盤を整えることが必要です。

ちなみにこの上の具体的内容は丹波市の支援者会議に出た事例であるが、内容は同じようにボーダーと言われるギリギリの中で支援を受けてこられなかった30代・40代の社会不適応に関する支援の必要性はどの市にもあり、国・県・市ともに急務であるにもかかわらず、未だ放置されている。

市に対応を聞くが「就労Aと就労Bがあるじゃないですか。」と・・・

「そこに愛はあるんか?」「そこに夢はあるのか?」

 就労継続支援を否定しているわけではありません。

 その枠から外れた人たちの支援は、どこにも行けない方々の支援はどうしていくのか?

すべての方々が夢をもって毎日を満喫でき、自分らしく自由に生きられる世の中は、まだまだ遠い現状があります。

一歩・一歩、小さいながらも土台の支援の必要性を説いていきたいと思います。