虐待の連鎖と愛着の歪み

〜「加害者」の中にある未解決のトラウマと、私たちが引くべき境界線〜

児童虐待や子どもへの性加害のニュースを目にするたび、多くの人は加害者を「許されざる悪人」として強い非難の声を上げます。子どもを傷つける行為は決して許されるものではなく、その非難は当然のものです。

しかし、現場で支援に関わる中で、事態はそう単純に切り捨てられない現実に直面することがあります。

今回は、私が支援の現場で直面した「虐待の負の連鎖」と「愛着の課題」について考えてみたいと思います。

■ 立ち直ろうとした大人が、なぜ子どもを傷つけるのか

かつて親から凄惨な虐待を受け、誰にも認められずに育った大人がいました。社会の中でつまずきながらも、なんとか立ち直ろうと懸命にもがいていました。

そんな中、同じように親から虐待を受けている子どもと出会います。

その子を守りたい、かつての自分のようにさせたくないという気持ちは、間違いなく本物でした。

しかし、彼はその子どもに対して、あろうことか不適切な性加害に及んでしまいます。

さらに背景には、親密な関係にある配偶者に対してもDVを繰り返し、関係が破綻していたことも分かりました。

守りたいはずの子どもをなぜ傷つけてしまったのか。なぜ愛すべきパートナーを暴力で支配しようとしたのか。

この矛盾に満ちた悲しい行動の背景には、幼少期の「愛着の歪み」と「虐待の世代間連鎖」が深く関わっています。

■ 愛着の崩壊と「支配」の構造

人間は幼少期に、保護者に守られ、泣き声や不安といった「負の感情」を適切に受け止めてもらうことで、「自分は愛される価値がある」「他者は信頼できる」という心の基盤、内的ワーキング・モデルを形成します。

しかし、親から否定され、暴力を受けて育つと、この愛着システムが崩壊します。

親が「安心の源」ではなく「恐怖の対象」となることで、子どもは無秩序で混乱した愛着スタイルを形成してしまうのです。

そして、自分の感情が受け止められなかった経験は、脳のレベルで感情制御の発達を阻害し、本能的な「闘争・逃走反応」モロー反射を引き起こしやすくさせます。

しかもこの闘争逃避反応と呼ばれる原始反射は、脳幹でコントロールされるため、大脳新皮質の思考や大脳辺縁系の感情ではコントロールができないという欠点があります。

この部分を未だに思考のコントロールや感情の制御で対応しようとする医療業界や社会全体の流れが、トラウマを助長させていきます。

このトラウマが未処理のまま大人になると、他者との適切な心理的距離(境界線)が保てなくなります。不安やストレスを自分の中で処理できず、自分の思い通りにならない場面で、自分よりも力の弱い子どもや配偶者に対して「暴力」や「性」という手段で支配・コントロールしようとしてしまうのです。

性的加害は、単なる性の問題ではありません。それは、逆らいにくい関係性や相手の弱さを利用した「支配」の構造そのものなのです。

■ 支援者としての葛藤と「引くべき境界線」

加害に及んでしまった彼が、法の裁きを受けるプロセスの中で、私の前で「自分は何をやっているんだろう」と大泣きしたことがありました。他の人には淡々としているのに、自分の立ち直りを知る「理解者」に本当の姿を見せました。

かつての彼の痛みと、立ち直ろうとした努力を知っているからこそ、私の中にも深い葛藤がありました。世間が言うような「根っからの悪人」ではない。彼もまた、連鎖の犠牲者なのです。

しかし、ここで同情に流されるわけにはいきません。

私は「あなたの過去は理解している。けれど、子どもを支援する立場として、あなたが子どもを傷つけたことには絶対に許せない」と明確に線を引きました。

すると彼は、あっさりと諦めの表情を見せました。「どうせ自分は見捨てられる」「誰も助けてくれない」という、彼が幼少期から学んでしまった絶望がそこにあったのかもしれません。

虐待サバイバー支援において最も重要なのは、「加害者の中にある傷ついた子どもを理解すること」と、「現在の加害行為を免責すること」を完全に切り離すことです。

彼らに対しては、同情で包み込むのではなく、「自分のしたことの責任」を直視させ、専門的なトラウマ治療や更生プログラムに委ねることが、本当の意味での支援になります。

■ 負の連鎖を断ち切るために社会ができること

この深い闇を抱えた問題を、個人の責任論だけで終わらせてはいけません。私たちが社会として取り組むべき課題は明確です。

  1. 密室化を防ぐ仕組みの構築:子どもと大人が関わるあらゆる場で、逆らいにくい権力差を利用した被害が起きない仕組みが必要です。
  2. 子どもへの権利教育:子ども自身が「嫌と言っていい」「誰かに相談していい」と学べる生命の安全教育が不可欠です。
  3. 加害者への治療的介入:虐待を繰り返す親や加害者に対して、単なる罰や指導ではなく、彼ら自身の愛着外傷にアプローチする専門的かつ長期的なケアシステムが求められています。

虐待の連鎖は宿命ではありません。しかし、それを断ち切るためには、被害を受けた子どもたちを徹底的に守り抜くことと同時に、社会全体で彼らの背景にある「愛着の課題」に向き合っていく必要があります。