2025.12 師走会議の一般質問

孤立と権利:丹波篠山市議会から学ぶ「誰も取り残さない」ための4つの核心

現代日本は、かつてない速さで「孤立しやすい社会」へと変貌を遂げています。1986年から2022年の間に単独世帯は急増し、支え合いの柱であった三世代世帯は激減しました。衝撃的なのは、日本が「家族以外との交流がほとんどない」人の割合において世界最下位クラスであるという事実です。

2023年に施行された「孤独・孤立対策推進法」は、もはや孤立が個人の問題ではなく、国家が向き合うべき生存の課題であることを示しています。丹波篠山市議会での桐村裕一議員と行政側の議論を紐解くと、私たちが「隣人」として、あるいは「社会の一員」として、いかにして見えないSOSを拾い上げるべきか、その具体的な知恵が見えてきます。

1. 「恥」という名の見えない壁――生活保護を阻むスティグマの正体

制度がありながら、なぜ本当に困っている人が窓口を叩けないのか。そこには「生活保護は恥ずべきもの」という、社会に深く根ざしたスティグマ(偏見)があります。

議場では、このスティグマの根深さを象徴する場面がありました。桐村議員の「もし市長が困窮し、生活保護を受けることになったらどう感じるか」という問いに対し、市長は「残念だが仕方ない」と率直な胸の内を明かしました。これに対し桐村議員は、「今のがスティグマ(偏見)なんです。市長ですら『仕方ない』『残念』と思ってしまう。その空気感こそが、権利の行使を妨げている」と鋭く指摘しました。

地方特有の心理的障壁も無視できません。「窓口に中学・高校の同級生がいたら、恥ずかしくて相談できない」という切実な声は、画一的な行政支援の限界を物語っています。さらに、市のホームページの文言についても、「下部にいくほど事務的になり、愛がなくなっていく」と桐村議員は苦言を呈しました。

生活保護は、憲法で保障された「国民の権利」です。しかし、現場ではいまだに誤解が蔓延しています。

  • 車の所有: 原則禁止と思われがちですが、通院や仕事に不可欠な場合は、条件により保有が認められるケースがあります。
  • 親族への扶養照会: 2021年の運用改善により、もはや「義務」ではありません。本人が拒否し、虐待や絶縁などの事情があれば、家族への連絡なしに申請可能です。

制度を「施し」ではなく「再出発のための権利」へと書き換える。その第一歩は、行政の言葉に「愛」を取り戻すことから始まります。

2. 自立の土台は「自尊感情の回復」にあり

経済的困窮者の多くは、単にお金がないだけでなく、「自分には価値がない」「誰にも頼れない」という深い自己否定に苦しんでいます。この「自己基盤(自尊感情)」が崩れた状態で、就労支援や制度メニューをいくら提示しても、人は動くことができません。

桐村議員は、支援には動かしがたい「順序」があると説きます。

繋がり → 安心 → 自信 → 社会参加 → 就労 → 自立

現代の支援は、しばしば「就労」という結果を急ぎすぎます。しかし、長期の孤立や失敗体験で傷ついた心には、まず「否定されない対話」と、小さな役割を通じた「成功体験」が必要です。

「自尊感情は、行動変容や社会参加の出発点となる最も重要な要素である」という桐村議員の言葉通り、本人のペースに合わせた伴走型支援こそが、本当の意味での自立を支えるのです。

3. 「困った子」は「困っている子」――トラウマインフォームド・ケアの視点

教育現場においても、大きなパラダイムシフトが求められています。「指導中心」から「支援中心」への転換です。

ここで注目すべきは「トラウマインフォームド・エデュケーション(トラウマに基づいた教育)」の視点です。授業中の暴言や不登校といった行動を、単なる「問題行動」として処罰するのではなく、その背景にある虐待、貧困、孤立、SNS上のトラブルなど、大人には見えない「理由」から生じたSOSとして捉え直します。

「従わせるのではなく、なぜその行動に至ったのか、その子に今何が起きているのかを理解する」(桐村議員)

しかし、現場の連携には課題も残ります。教育委員会は「専門家を配置し取り組んでいる」と述べますが、桐村議員は「それはまだ縦割りだ。福祉との真の横の連携になっていない」と指摘しました。不登校が引きこもりへと繋がらないよう、教育と福祉が情報を共有し、家庭全体を支える重層的なネットワークが不可欠です。

4. 子供は「守られる対象」から「権利の主体」へ

「子供の権利条約」は、決して遠い世界の理念ではありません。それは、子供を一人の「人間」として尊重するという、当たり前の姿勢を形にしたものです。

議論のクライマックスは、教育長が発した「困った子」という表現を巡るやり取りでした。桐村議員は即座に「『困った子』なんて言ったらダメなんです。そんな子はいない。その見方自体がスティグマに繋がる」と厳しくたしなめました。教育長は後に「誤解を招く発言だった」と釈明しましたが、この一幕は、教育のトップですら無意識に子供を「大人の都合で評価する対象」として見てしまう危うさを浮き彫りにしました。

子供を「守られるだけの弱者」ではなく、自らの意見を持つ「権利の主体」として扱うこと。例えば、校則作りに生徒が参加し、大人と対等に議論するプロセス。こうした経験こそが、子供たちに「自分は社会を変えられる一員だ」という自尊心を与えます。

「困った子」ではなく「困っている子」。この視点の転換こそが、誰も取り残さない教育の出発点です。

結論:繋がりが「命」を守る町へ

丹波篠山市が模索する「重層的支援」と「自尊感情の回復」への取り組みは、孤立が深まる日本社会において、一つの希望の処方箋となり得ます。行政、学校、そして地域住民が、「制度の網目」を「心の繋がり」で補完していく。そんな町の姿が、孤独死や孤立を防ぐ唯一の盾となります。

記事の最後に、あなたに問いかけます。

「あなたは、隣にいる誰かのSOSを、行動の裏側にある『理由』として受け止める準備ができていますか?」

「残念だが仕方ない」と諦めるのではなく、「それはあなたの権利だ」と言い合える社会へ。私たちの眼差しが変わる時、町は本当の意味で優しくなれるはずです。

YouTubeの要約

1. 孤立・困りごとを抱えない支援体制の強化

現在、日本は世界的に見ても家族以外との交流が極めて少ない「孤立しやすい社会」にあり、丹波篠山市においても同様の課題が顕在化しています。

  • 現状と課題:
    • 単独世帯の急増により、従来の支え合いの基盤が弱まっています。
    • 孤独は健康や寿命、メンタルヘルスに悪影響を及ぼし、「良い人間関係」こそが幸福と健康の最大の要因であると指摘されています。
  • 提案される3つの柱:
    1. 重層的支援: 分野を横断し、どんな相談も断らない仕組みの構築。
    2. アウトリーチ: 相談に来られない人へ、行政側から出向く支援の強化。
    3. 地域共生連携プラットフォーム: 広島県三原市の事例を参考に、地域の横の繋がりを生み出すネットワークの構築。

2. 生活困窮者支援と「自尊感情」の回復

生活困窮者は経済的困難だけでなく、「自分には価値がない」という深い自己否定(スティグマ)を抱えていることが多く、それが支援を遠ざける要因となっています。

  • 自尊感情の重要性:
    • 自尊感情の回復こそが社会参加や自立への出発点であり、否定しない対話や本人のペースに合わせた「伴走支援」が必要です。
    • 「強み(ストレングス)」を共に探し、小さな成功体験を積み重ねることが不可欠です。
  • 制度の心理的ハードル:
    • 生活保護などの制度に対し、「恥ずかしい」「周囲に知られたくない」という心理的障壁が存在します。
    • 市ホームページの表現(「原則、車は持てない」等)が、困窮者をさらに追い詰めている可能性を指摘し、「愛のある表現」への改善を求めています。

3. 教育現場における「子供の権利」の保障

学校現場において、子供を「守られる対象」としてだけでなく、**「権利の主体」**として尊重する体制づくりを提言しています。

  • トラウマインフォームド・エデュケーション(TIE):
    • 「問題行動」を切り捨てるのではなく、その背景にある不安やストレス、トラウマを理解し、「指導中心から支援中心」へ転換する考え方です。
  • 意見表明権の保障:
    • 校則づくりや学校運営において、子供たちが対等な立場で意見を言える場を確保することが重要です。
    • 子供たちが自分たちの権利を正しく学べる機会の提供を求めています。

4. 市当局および教育委員会の回答

  • 市長・福祉部長:
    • 令和6年4月施行の「孤独・孤立対策推進法」に基づき、アウトリーチ支援や「子供家庭センター」での連携を強化しています。
    • ホームページの表記については、他自治体の事例も参考に、より相談しやすい内容へ更新していく考えを示しました。
  • 教育長:
    • スクールカウンセラーやソーシャルワーカーの配置、リーフレットの作成など、組織的な支援体制を進めています。
    • 子供を「一人の一人(ひと)として尊重する」理念を共有し、意見を丁寧に聞く姿勢を大切にすると回答しました。

5. 主な議論のポイント

  • 支援の「隙間」: 8050問題や若者の孤立など、既存の自治会や民生委員のネットワークだけでは捕捉しきれない層への、匿名性の高いオンライン相談や民間団体との連携の必要性が議論されました。
  • 言葉の重要性: 答弁の中で使われた「困った子」という表現に対し、桐村議員は**「困った子なんていない。困っている子がいるだけだ」**と、支援者のまなざしそのものがスティグマを生む可能性を厳しく指摘しました