「急に家族の体調が崩れたら、救急車を呼べば地元の病院に運ばれ、すぐに助けてもらえる」 私たちは無意識にそう信じ込んでいないでしょうか?
2026年10月8日に開催された「丹波篠山救急医療フォーラム」では、少子高齢化の進展、医療従事者の不足、そして高止まりする救急需要という波に直面する地域医療の切実なリアルが明かされました。急激な社会構造の変化の中で、私たちが長年「当たり前」と思ってきた救急医療のあり方は、大きな転換期を迎えています。
地域医療の持続性を守り、自分や大切な家族が最期まで自分らしく安心して暮らすために、私たちは何を知識として持っておくべきなのでしょうか。フォーラムで共有された最新のデータや議論から見えてきた、今すぐ知っておきたい4つの重要な真実を解き明かします。
1. 学童へのインフルエンザ予防接種が「高齢者の命」を救っていた?歴史が教える予防の力
最初の真実は、地域社会における「予防」が、めぐり巡って救急医療の現場や高齢者の生命にいかに甚大な影響を与えるかという歴史的事実です。
- 1960年代の学童集団接種とその効果 日本で1960年代から開始された小・中学生(学童)へのインフルエンザワクチン集団接種は、学校内での感染蔓延を防ぐだけでなく、地域全体への広がりを遮断し、結果として高齢者のインフルエンザによる「超過死亡率」を著しく低下させました。
- 1994年の集団接種中止と広がった代償 しかし、1994年に学童への集団接種が中止されると、高齢者の超過死亡率は再び急上昇しました。この時期に失われた命のほとんどが高齢者に集中していたのです。
この歴史的経緯は、「個人のワクチン接種や健康管理といった予防措置」が、めぐり巡って救急需要の逼迫を防ぎ、最も脆弱な高齢者の命を守るという構造を鮮明に示しています。
「日頃のがん検診や予防接種、生活習慣病の管理が徹底されることで、急変による不要不急の救急搬送や重症化が抑えられ、真に緊急性の高い医療資源を守ることにつながる」
予防と救急医療は切り離せない一体のものです。
2. 「救急車=地元の病院へ」は当たり前じゃない?増える市外搬送と地域医療のリアル
「救急車に乗れば、当然地元の慣れ親しんだ病院に運ばれる」という従来の固定観念も、現実のデータをもとにアップデートする必要があります。
丹波篠山市における2025年の救急実績と、地域の基幹病院が抱える医療体制の現状は以下の通りです。
- 高止まりする救急需要と高齢者割合:2025年の救急出動件数は2,429件(1日あたり約6.7件)と高止まりしており、救急搬送された人の約69%(1,574人)が高齢者を占めています。
- 市外搬送の増加傾向:搬送先データを見ると、近年は市外への搬送が大幅に増加しており、2023年には過去の基準を大きく超えて市外搬送が市内搬送を逆転する事態も発生しました。2025年時点でも管内(市内)搬送が54.2%(1,231人)に対し、管外(市外)搬送が45.8%(1,041人)と、約半数が市外へ運ばれています。また、小児救急に関しては市内の受け入れ体制が困難なため、市外の「兵庫県立丹波医療センター」へ全日全面依存している状態です。
- 地元基幹病院の体制変更:ささやま医療センターでは、看護師23名減など人員が20%削減された影響で、平日夜間の救急受け入れを制限せざるを得ず、休日診療の強化などで対応を行っています。
こうした構造課題に対し、地元の岡本病院などが提唱するのが「背伸びしない地域救急」という概念です。
すべての地方病院が高度高次救急(心筋梗塞に対するPCI治療や重症呼吸不全に対するECMO運用など)の設備と人員を抱え込もうとすれば、医療スタッフの過重労働とバーンアウトを招き、地域医療そのものが破綻してしまいます。
そのため、超急性期の重症患者は最初から三田市民病院や兵庫県立丹波医療センターなどの高度高次医療機関へ直送するプロトコルを整備し、地元の病院は身の丈に合った現実的な救急対応と回復期ケアに専念する――この役割分担と広域連携こそが、地域の命を守る戦略的アプローチなのです。
3. 高齢者の心停止救命率は約1%?
「延命」を超えた現実的なACP(人生会議)とDNAR
救急現場において、最もシビアで倫理的な判断が求められるのが、高齢者の心肺停止(CPA)への対応です。
- 極めて低い社会復帰率の現実:75歳以上の高齢者が心停止を起こした場合、後遺症なく社会復帰(1か月生存・回復)できる確率は約1%ときわめて低いのが現状です(全体の1か月心肺蘇生後生存率も2023年の5.56%から2025年には1.69%へ低下)。
- 過剰で侵襲的な延命の回避:救急隊や医療陣が本人の意向に沿わない過剰な胸骨圧迫や人工呼吸を行う事態を避けるため、「DNAR(無理な延命蘇生処置を望まない意思表示)」の共有と、事前の対話プロセスである「ACP(アドバンス・ケア・プランニング/人生会議)」の現場運用が急務となっています。
- 色分けによるアクションプロトコルの提案:介護施設や救急隊が現場で迷わず迅速な対応をとれるよう、利用者の意向を「レッド(フル蘇生実施)」「イエロー(心肺蘇生は15分まで・AEDショック2回まで等の制限的介入)」「グリーン(穏やかな看取り/DNAR)」のように色分けして可視化する現実的な運用ルールが提案されています。
ACP(人生会議)を行うことは、「縁起が悪いこと」でも「命を諦めること」でもありません。「最期まで自分らしく生き、万が一のときに遺される家族や医療・介護チームが苦しい判断に迷わないための『お守り』」なのです。
4. 「かかりつけ医」の有無で警察介入や数万円の自己負担が発生?最期を自宅で迎えるための仕組み
「慣れ親しんだ自宅で穏やかに最期を迎えたい」と望む方が増える一方で、自宅での急変や自然死が発生した際、「かかりつけ医」がいるかどうかで遺族の手続きと経済的・精神的負担に決定的な違いが生じます。
| 項目 | かかりつけ医がいる場合 | かかりつけ医がいない場合 |
|---|---|---|
| 法律上の扱い | 通常の診療・訪問診療の延長 | 「異状死」扱いとなり、法律に基づき警察の立ち会いが必要 |
| 診断・検案の流れ | 医師が診察し「死亡診断書」を作成 | 警察立ち会いのもと、警察指定医による「検案」を実施 |
| 警察の介入 | 警察を呼ぶ必要はありません | 事件性の有無を捜査・確認するため警察が介入 |
| 費用の種類と負担 | 医療保険等の範囲内(保険診療)で費用が抑えられます | 自由診療(検案手続き)となるため、ご遺族に数万円の「検案料」が発生 |
かかりつけ医がいない状態で突然死や自宅での自然死を迎えると、法律上「異状死」として扱われ、事件性の有無を確認するために警察が捜査に入ることになります。検証や検案の手続きに追われ、数万円の「検案料」が自己負担となるばかりか、遺族にとって大きな精神的ショックとなりかねません。
日頃から病状や健康状態を把握している「かかりつけ医」がいれば、警察を介することなく、通常の診療の延長として迅速に死亡診断書が発行され、自宅で穏やかにお別れの時間を過ごすことができます。
さらに、こうした医療・介護の連続的なケアをデジタルで支えるため、個人の健康・医療データをかかりつけ医、ケアマネジャー、救急隊、病院間で安全かつスムーズに共有するPHR(Personal Health Record/「ヘルスケアパスポート」「すこやかパスポート」)の導入と統合が進められています。
まとめ:ワンチームで挑む地域医療の未来
これからの地域医療は、「体調が悪くなったらとりあえず救急車を呼べば解決してくれる」という従来の依存型モデルのままでは立ち行かなくなっています。
- がん検診や予防接種による「病気の予防と早期発見」
- 日常の健康変化を相談できる「かかりつけ医」の確保
- PHR(ヘルスケアパスポート)による医療・介護・救急の情報共有
- 元気なうちから最期の希望を話し合う「ACP(人生会議)」の実践
これら4つの要素をシームレスに統合し、行政・医療機関・介護事業者・消防、そして市民一人ひとりが「ワンチーム」となって取り組むことこそが、地域の救急医療を守り、自分や大切な人の尊厳ある最期を実現する唯一の道です。
あなたは万が一のとき、どこで、どのように過ごしたいですか? 今日、ご家族やかかりつけ医と「これからの暮らしと最期の備え」について話してみませんか。
